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横浜地方裁判所 昭和50年(行ウ)18号 判決

横浜市南区六ツ川三丁目四一番地の一

原告

宮本松蔵

同市同区南太田町二丁目一二四番地

被告

横浜南税務署長

小澤国兵

右指定代理人

伴義聖

室岡克忠

渡辺信

飯久保英夫

右指定代理人

石原詩弘

今関節子

細矢良次

主文

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、原告

1. 被告が原告に対し原告の昭和四七年分所得税についてなした決定処分および無申告加算税賦課決定処分を取消す。

2. 訴訟費用は原告の負担とする。

二、被告

主文と同旨。

第二、当事者の主張

一、請求原因

被告が原告に対し原告の昭和四七年分所得税についてなした決定処分(審査裁決を経た後の処分。以下「本件決定」という。)および無申告加算税賦課決定処分(審査裁決を経た後の処分。以下「本件加算税賦課決定」という。本件決定と加算税賦課決定とを併称するときは「本件課税処分」という。)には、次に述べるような違法があるから、取消されるべきである。

1. (本件課税処分について)

(一)(1)  原告は、昭和四七年一〇月一六日青森県むつ市横迎町一丁目一一一番地所在の原告所有家屋(以下「本件家屋」という。)および敷地三四〇・四九平方メートル(以下「本件土地」という。)を松本緒子に対し代金五一五万円で売渡した(以下「本件譲渡」という。)。

なお、原告は、これより以前の昭和四五年一月二六日畑中竣二に対し本件家屋および本件土地を売却する契約を締結したが、畑中の代金不払のため昭和四七年一〇月一五日右売買契約を解除した。

(2) 本件家屋には、原告自身は居住していなかつたが、原告の母、宮本かんが昭和四五年一月一九日死亡するまで居住していた。

(3) ところで、納税相談の際被告より交付された国税庁作成の「国税のしおり」(「住宅と税金」と題する書面。以下「本件国税のしおり」という。)には租税特別措置法(昭和四八年法律一六号による改正前のもの。以下「措置法」という。)三五条所定の「居住用財産の譲渡所得の特別控除」に関し、「自分が住んでいた家屋を空屋にした日から一年以内に譲渡しても、この特例の適用が受けられます。また、転勤などのため家屋の所有者が一時的に住んでいない場合でも、その間生計を一にする親族で、それまでいつしよに住んでいた人が引続いて住んでいる家屋を売つた場合には、この特例が適用されることになつています。」との記載がある。

(4) そこで、原告は、本件譲渡が右の「居住用財産の譲渡」に該当するので、右譲渡にかかる譲渡所得の金額の計算について措置法三五条所定の特別控除の適用を受けるため、昭和四七年一二月二五日「特別控除の申請書(経緯)」と題する書面を、翌四八年五月二四日昭和四七年分所得税の確定申告書(以下「本件確定申告書」という。特にことわらないときは提出用のものを指す。)を、それぞれ被告に対し提出した。

(5) しかるに、被告は右特別控除の適用を認めず本件課税処分をなしたのである。

(二)  仮に本件譲渡が右「居住用財産の譲渡」に該当しないとしても、原告は、昭和四八年六月二七日、被告から「あなたの場合は長期居住者に決定しました。」旨の電話連絡を受けた。それで原告は、措置法三五条の特別控除の適用があるものと信じて現在に至つている。にもかかわらず、被告が本件課税処分をなしたのは禁反言の法理に反する。

2. (本件加算税賦課決定について)

原告は、前記のとおり昭和四八年五月二四日本件確定申告書を被告に対し提出しているから、無申告加算税賦課決定の対象とはならない。

二、請求原因に対する認否

1.(一) 請求原因1.(一)(1)の事実中、前段は認めるが後段は不知。

同(2)の事実は認める。

同(3)の事実中、「本件国税のしおり」に原告主張のような記載があることは認める。

同(4)の事実中、原告が昭和四七年一二月二五日付で「特別控除の申請書(経緯)」と題する書面を被告に提出したことは認めるが、翌四八年五月二四日本件確定申告書を提出したとの点は争う。すなわち、原告は、同日横浜南税務署(以下単に「署」というときは同署をいう。)の窓口に本件確定申告書をいつたん提出したが、その意を翻しこれを係員から返却させて同日持ち帰つたものであり、右確定申告書には同日付の署の収受印が押印されてはいるが、結局、原告は確定申告行為をなしたものということはできない。この点についての被告の主張の詳細は後記三3.のとおりである。

同(5)の事実は認める。

(二) 同(二)の事実は否認する。真実は、昭和四八年六月二一日資産税部門の職員鶴間崇が原告に対し、本件譲渡は「居住用財産の譲渡」と認めることはできない旨電話したのである。

2. 同2.の事実は否認し、その主張は争う。

三、被告の主張

1. (本件課税処分の経緯)

本件課税処分の経緯は、別表のとおりである。

2. (本件課税処分の根拠 適法性)

被告は、原告の昭和四七年分所得税が無申告であつたことから調査したところ、給与所得の金額および譲渡所得の金額について申告洩れがあつた。そこで被告は、原告の同年分の所得税について、本件課税処分を行つた。以下その明細を述べる。

(一)  給与所得の金額 七〇万七、二〇〇円

原告は、昭和四七年当時、横浜市南区堀之内町一ノ四ノ一一伊勢田運送有限会社に勤務し、昭和四七年中に右会社から一〇一万五、六〇〇円の給料および賞与の支給を受けた。

そこで被告は、右給料および賞与の金額一〇一万五、六〇〇円から所得税法(昭和四八年法律八号による改正前のもの。以下同じ。)二八条に規定する給与所得控除額三〇万八、四〇〇円を差引いた七〇万七、二〇〇円を原告の昭和四七年分の給与所得の金額と認定した。

(二)  譲渡所得の金額 三六三万七、八〇〇円

(1) 原告は、昭和四七年一〇月一六日本件家屋および本件土地を松本緒子へ代金五一五万円で売却した。そこで被告は、右売買価額五一五万円から取得費二五万七、五〇〇円、譲渡費用二五万四、七〇〇円および措置法三一条に規定する長期譲渡所得の特別控除額一〇〇万円を差引いた三六三万七、八〇〇円を原告の昭和四七年分の課税長期譲渡所得と認定した。

なお、取得費二五万七、五〇〇円および譲渡費用二五万四、七〇〇円の算出根拠は次のとおりである。

(イ) すなわち、被告は、原告が本件家屋および本件土地を昭和二七年一二月三一日以前から所有していたので、措置法三一条の二の規定に基づき右売買価額の五%を本件家屋および本件土地の取得費と認定した。

(ロ) また譲渡費用の金額は、「譲渡内容についてのお尋ね」と題する文書に対する回答書で原告が主張した旅費二五万円および登記費用四、七〇〇円の各金額をそのまま認めた。

(2)(イ) なお原告は、昭和四七年一二月二五日付の「特別控除の申告書(経緯)」と題する書面を被告に送付し、本件家屋には昭和四五年一月まで原告の母、宮本かんが居住していたことから、本件譲渡は措置法三五条に規定する「居住用財産の譲渡」であるとして同条の適用を要望していた。

しかしながら、同条の適用は所得税の確定申告書の提出が要件とされているところ、原告は右のような要望書を送付したものの、昭和四七年分所得税の確定申告書を提出していなかつたので、同条の適用の余地はないからこれを適用せず、前項のとおり課税長期譲渡所得の金額を認定した。

(ロ) なお本件家屋には原告の母が昭和四五年一月に死亡するまで居住していたが、その後右譲渡に至るまで空家となつており、さらに、本件家屋の所有者である原告も妻子とともに昭和三一年以降横浜市に居住し本件家屋には居住していなかつた。

措置法三五条は、その所有者が現に生活の本拠として利用している家屋を譲渡した場合に適用されるものであり、すでに昭和三一年以降妻子とともに横浜市に居住し、そこを生活の本拠としていた原告の場合には、同条の適用がないことが明らかである。

(三)  給与所得の金額および譲渡所得の金額からの控除金額 五六万六、五八四円

被告は原告の給与所得の金額および長期譲渡所得の金額から差引く金額(以下「所得控除金額」という。)として次のとおり認定した。

社会保険料控除 四万五、三〇四円

生命保険料控除 一、二八〇円

老年者控除 一二万円

配偶者控除 二〇万円

基礎控除 二〇万円

計 五六万六、五八四円

(四)  以上のとおり、被告は調査によつて判明した原告の昭和四七年分給与所得の金額七〇万七、二〇〇円から所得控除金額五六万六、五八四円を差引いた金額一四万円(千円未満切捨)に対する税額一万三、九〇〇円に課税長期譲渡所得金額三六三万七、〇〇円(千円未満切捨)に対する税額五四万五、五五〇円(分離課税)を加算し、加算後の金額から源泉徴収税額一万三、九〇〇円を差以いた五四万五、五〇〇円(百円未満切捨)を原告の昭和四七年分所得税の納付すべき税額として決定した。

(五)  さらに、原告の昭和四七年分所得税が無申告であつたので無申告加算税五万四、五〇〇円を賦課決定した。

3. (確定申告行為の不存在について)

(一)  原告は、被告に対し昭和四八年五月二四日に本件確定申告書を提出したと主張する。

しかし、原告が同日提出したとする本件確定申告書は、本来所持すべきいわれのない原告が所持しており、被告は所持していないのである。

さらに、横浜南税務署における期限後申告書の受付とその事務整理および調査経過の事実等からすると、右申告書に同日付の横浜南税務署の収受印が押印されてはいるが、右申告書は押印後原告の意思に基づきそのまま原告の手に返却され、原告が同日これを持ち帰つたものと推認されるから、右押印の事実があるとしても、適法な確定申告行為がなされたということはできない。

(二)(1)  期限後申告書の受付と担当部門の事務整理について

(イ) 署では収受印の保管は総務係がこれに当たり、あらかじめ定められた担当者が所定の番号の収受印をもつて文書受付事務を行つている。そこで、本件確定申告書をみると収受印番号が「3」番であり、これは署の玄関にある受付印である。

(ロ) 玄関受付担当者は、提出用および控用の確定申告書にそれぞれ押印し、控用は持参者に返戻すこととしているが、期限後申告書に限り提出用の確定申告書の左上部の税務署受付印欄のほか、下部徴収カード(切取線以下の部分)の余白および切取線上に割印として押印することとしている。

(ハ) 提出された確定申告書は総務係によつて一括して翌日所得税第一部門に交付されるが、所得税部門の内部担当者は譲渡所得のある確定申告書については当日資産税部門へ回付する。

回付を受けた資産税部門では、担当者が提出された確定申告書を検算し、無申告加算税の割合を決定するが、その際、確定申告書右端上部の「税務署整理欄」の所定の各欄に担当者の確認印を押印するとともに、同申告書の右下部余白に加算税の割合を起載し、所得税部門に返戻する。

なお、右までの事務処理は通常の場合二、三日で終了する。

そこで右申告書の返戻を受けた所得税部門では、納税者番号を付番し(確定申告書右上部および左下部欄)、無申告加算税の賦課決定のための事務手続を了した後、確定申告書下欄の徴収カード(切取線以下の部分)を切り離し管理徴収部門へ回付する。

以上が横浜南税務暑における期限後申告書に係る事務処理手続である。

(2) しかるに、原告が所持している本件確定申告書をみると、

(イ) 玄関受付で期限後申告書が適正に受理された場合に押印される収受日付印が所定の箇所(切取線上の割印)に押印されておらず、

(ロ) 資産税部門において処理され押印されるはずの「税務署整理欄」に担当者の押印がなく、また加算税の割合の記入も行われておらず、

(ハ) 所得税部門で記入される納税者番号および徴収カードの切り離しも行われていないのである。

(三)(1)  原告に対する調査経過

(イ) 被告は、原告が本件譲渡をした旨の資料を得たので、原告に対し「譲渡内容についてのお尋ね」と題する文書を送付したが、その回答書およびこれに添付された「特別控除の申請書(経緯)」と題する書面が昭和四七年一二月二七日被告に送付された。

(ロ) 被告は、右回答書の内容に基づき申告相談の要否を検討したところ、税理士等の関与のないこと、本件譲渡について措置法三五条を適用することに疑問点があることなどから、「譲渡所得の納税相談について」という文書に昭和四八年三月二日の相談日を指定してこれを原告に送付した。これに対し、原告は右文書の下欄回答書に「藤原税理士に依頼してすでに税務署へ申告済である」と記載し被告に提出したので、納税相談は行われなかつた。

(ハ) ところが当該年分の申告期限である同年三月一五日以後においても原告が確定申告書を提出していないことが明らかとなつたので、被告は資産税部門の鶴間崇に原告の所得税の調査を指示した。

そこで鶴間崇は、書面審理の結果原告の事情聴取の必要性を認め出署依頼を行い同年五月二二日出署依頼に応じた原告と面接した。

鶴間は調査事項等を検討したところ、措置法三五条の居住用財産の譲渡所得の特別控除は適用できないことが確認されたので、原告にこの旨を説明し、確定申告書の提出をしようようした。原告は局へ問い合せをしてから後日申告書を提出すると申立てていた。

(ニ) その後同年六月一八日出張から帰署した鶴間は、原告から「局に尋ねたら、申告をすればそのまま申告がとおつてしまい、申立てができなくなるということなので決定してくれ」と電話で伝言があつた旨同じ資産税部の藤本憲治から受けた。

そこで鶴間は、同月二一日に原告に対し、「本件家屋は母親が昭和四五年一月死亡以後相当期間空家となつているため、居住用財産の特別控除はできない」旨の電話をし、無申告による決定処分を行うこととし調査を終了した。

(ホ) なお、原告が提出したと主張する本件確定申告書には、「措置法三五条の適用を受けたい。」旨の記載がされていないのである。

(2) 右原告に対する調査経緯、特に、原告自身「申告すればそのままとおつてしまうから決定してくれ」旨申立てていることおよび本件確定申告書には「措置法三五条の適用を受けたい」旨の記載がされていないことからみて右確定申告書を被告に提出したということは考えられないことである。もし、そうならば、原告の最も主張するところの措置法三五条の適用については、その適用を受けないところで租税法律関係は確定してしまうからである。

(四)  しかして、本件確定申告書に署の受付窓口の収受印が押印されているところからみると、原告はいつたんは右申告書を窓口に出したものの提出する意思がなくなり、その場でこれを返却させ持ち帰つたものと推察され、その際右申告書に押印された収受印の印影を抹消すべきものを署職員が失念したのではないかと推認せざるを得ない。

そうすると、本件確定申告書に収受印が押印されているとしても、被告において原告の確定申告書を受理したということはできず、したがつて原告の要式行為としての確定申告行為は存在しないというべきであり、結局原告は無申告なのである。

4. なお、仮に本件において確定申告書が提出されたものとしても、本件課税処分は何ら違法になるものではない。

(一)  すなわち、この場合、被告は更正処分をすべきところ決定処分をしたことになるが、仮に決定処分をしたとしても、両処分は、ともに課税庁がその調査により課税標準および所得税額を確定するものである点において何ら異るところはない。本件において仮に更正処分を行つたとしても、それは本件決定処分による課税標準および所得税額との間に全く差異は生じないのであつて、原告に何ら不利益をもたらすものではないことはもちろん、単に更正とすべき処分が決定という形式をとつてなされたというものにすぎない。

(二)  次に加算税についていえば、仮に本件確定申告書が提出されたとしても、右確定申告書は被告の調査によりいずれ決定処分のなされることを予知して提出されたものであつて、かかる場合の期限後申告に係る無申告加算税の割合は本税の一〇〇分の一〇であつて、本件決定処分に係る無申告加算税額と何らかわるところがない。

(三)  このように、その処分の内容において同一であり、納税者に何ら不利益を与えるものではなく、単に処分の標題もしくは形式上の差異にしかすぎないような場合、課税処分の取消しを求める利益は存在せず、かつかような差異は処分の取消しうべき瑕疵にはあたらないものというべきであり(最高裁昭和四〇年二月五日第二小法廷判決民集一九巻一号一〇六頁参照)、本件において仮に確定申告書の提出があつたとしても本件課税処分には取消されるべき違法性はない。

第三、証拠

一、原告

1. 甲第一ないし第七号証。

2. 証人鶴間崇、同新井三朗。

3. 乙第一号証、第三号証の一、二、第四号証の一、二、第六号証の一、二、第七号証の一、二ならびに第八号証の成立はいずれも認める(第一号証は原本の存在とも。)。その余の乙号各証の成立は不知。

二、被告

1. 乙第一号証、第二ないし第四号証(いずれも一および二)、第五号証の一ないし七、第六号証の一、二、第七号証の一、二、第八号証、第九号証の一、二、第一〇、第一一号証。

2. 証人鶴間崇、同新井三朗。

3. 甲第一および第五号証の成立は認める。第三号証は丸印のある行の加入部分の成立は知らないが、その余の部分の成立は認める。第四号証のうち文書収受印の印影が横浜南税務署の印章によるものであることは認めるが、その余の部分の成立は不知。第六号証は欄外部分の成立は不知、その余の部分の成立は認める。その余の甲号各証の成立は不知。

三、職権

原告本人。

理由

一、本件課税処分の経緯等

被告から原告に対し本件課税処分がなされた事実は当事者間に争いがなく、その経緯が別表のとおりである事実は、成立に争いのない甲第一号証、乙第六号証の一、二、第七号証の一、二ならびに弁論の全趣旨により認められ、これに反する証拠はない。

二、本件課税処分の適否について。

1. まず、本訴の主たる争点である本件譲渡にかかる譲渡所得について措置法三五条(居住用財産の譲渡所得の特別控除)の適用が有るか否かについて検討する。

(一)(1)  原告が昭和四七年一〇月一六日その所有の本件家屋および本件土地を松木緒子に対し代金五一五万円で売渡したこと、本件家屋に原告自身は居住していなかつたが、原告の母である宮本かんが昭和四五年一月一九日死亡するまで居住していたこと、は当事者間に争いがない。成立に争いのない乙第三号証の二、第八号証ならびに原告本人の供述(但し、後記認定に反する部分を除く。)によれば、原告は昭和五年五月二八日本件家屋および本件土地を取得し、以後昭和一四年六月三〇日まで両親と共に本件家屋に居住していたこと、しかしその後は転勤等のため本件家屋には居住することなく、昭和三一年一〇月二二日以降は、現在に至るまで妻や長男夫婦ら家族と共に横浜市内に居住し続けていること、以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(2)  ところで、措置法三五条所定の「居住用財産の譲渡所得の特別控除」の規定の趣旨が、個人がその居住の用に供している財産を譲渡する場合には、通常新たな住居を取得しなければならないところから、その譲渡所得についての税負担を軽減することが相当であると認めたものであることに鑑みれば、「当該家屋の所有者自身が生活の本拠として現に居住の用に供している家屋を売却した場合」のみならず、本件国税のしおりに記載があるように、「家屋の所有者が居住の用に供していた家屋を空屋にした日から一年以内に譲渡した場合」あるいは「家屋の所有者が転勤等のため一時的に居住していない場合でも、生計を一にする親族でそれまで同居していた者が引続き居住している家屋を譲渡した場合」等においても、同条の適用があると解するのが相当である(本件国税のしおりに右の趣旨の記載があることは当事者間に争いがない。)。

(3)  しかし、右(1)認定の事実に徴すれば、本件譲渡が右(2)説示のいずれの場合にも該当しないことは明らかであり、その所有者である原告が他に(横浜市内に)生活の本拠を有し、本件家屋には長年月にわたり居住していない本件の場合においては同条の適用の余地はないといわなければならない。

(4)  してみれば、措置法三五条が適用されるべきであるとの原告の主張は失当である。

(二)  次に、原告は「被告所部係官から『あなたの場合は長期居住者に決定しました。』旨の電話連絡を受けたから措置法三五条の特別控除の適用があるものと信じた。」と主張するが、右電話があつた旨の原告本人の供述部分は、証人鶴間崇の証言およびこれにより真正に成立したものと認める乙第九号証の一、二と比較して措信できず、その他原告が右趣旨の電話を受けた事実を認めるに足りる証拠はない。従つて原告の右主張も失当である。

結局、被告が本件課税処分に際し本件譲渡について措置法三五条の特別控除を適用しなかつた点は、適法である。

2. 次に、原告が昭和四七年分所得税について確定申告をなしたか否かについて検討する。

(一)  文書収受印の印影が横浜南税務署の印章によるものであることに争いがなく、その余の部分は原告本人の供述により真正に成立したものと認める甲第四号証、欄外部分の記載を除き成立に争いのない甲第六号証、前出乙第三号証の二、成立に争いのない乙第四号証の一、二、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認める乙第一〇、第一一号証、証人新井三朗の証言およびこれにより真正に成立したものと認める乙第二号証の一、証人鶴間崇の証言、前出乙第九号証の一、二、原告本人の供述(但し、後記認定に反する部分を除く。)ならびに弁論の全趣旨を総合すると、被告の主張3.(二)の事実ならびに同(三)(1)の事実が認められるほか、次の事実が認められ、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。

(1)  原告は、昭和四八年五月二四日付の横浜南税務署の収受印の押印がある本件確定申告書(もし、被告に提出したとすれば本来原告が所持しているはずがない「提出用」のもの。)を所持している。

(2)  本件譲渡にかかる譲渡所得の申告に関し原告から相談を受けていた藤原薰公認会計士・税理士は、申告期限後、横浜南税務署から「本件譲渡について措置法三五条の適用は認められない。現在、確定申告書が提出されていないので、これを提出されたい。」旨の電話連絡を受けた。そこで、藤原税理士は、本件確定申告書の控用に同条の適用がないことを前提として必要事項を記入した。原告は、これにならい本件確定申告書に必要事項を記入した(但し、原告は本件譲渡費用は五六万六、五八四円であると考え、右控用の記載をこれにあわせて訂正した。)。

(3)  原告は、本件確定申告書を提出したと主張しているのにもかかわらず、所得税を(源泉徴収分を除き)全く納付していない(本件確定申告書には納付税額として五三万七、四〇〇円なる記載がある。)。

(4)  原告は、本件審査請求の過程で昭和四九年一月二九日国税不服審判所横浜支所に本件確定申告書を持参した。右の機会に本件審査請求の調査担当官がこれをコピーしておいたものが乙第一号証である。

(二)  右認定事実に徴すれば、原告が昭和四八年五月二四日付の横浜南税務署の収受印が押印された本件確定申告書を所持していたのは、原告が同日署に出頭し、いつたんは本件確定申告書を受付窓口に提出したものの、本件譲渡について措置法三五条所定の特別控除の適用を受けられないことがどうしても納得できず、しかも本件確定申告の記載では右適用が受けられないことで確定してしまうのでむしろ決定処分を受け、これに対する不服申立等により右の点を争う方が良策と考え、右申告の意思を翻し、その場で本件確定申告書を係員から返却させ、同日これを持ち帰つたものであり、その際係員が右申告書に押印された収受印の印影を抹消すべきところ、これを失念したためである、と推認することができる。

(三)  してみれば、本件確定申告書は、横浜南税務署の収受印が抹消されていないものの、収受印の押印以外に何ら確定申告書の受理に伴う事務処理がなされていない段階で、原告の右意思に基づきその場で原告に対し返却されたのであるから、結局原告の昭和四七年分所得税についての確定申告行為は存在しなかつたものというべきである。

従つて、本件において被告が、更正処分によらず決定処分をなした点は適法である。

3. そこで、次に税額等について検討する。

(一)  給与所得の金額について。

原告が昭和四七年当時横浜市南区堀之内町一ノ四ノ一一伊勢田運送有限会社に勤務し、昭和四七年中に右会社から一〇一万五、六〇〇円の給料および賞与の支給を受けたことは、前出乙第一号証により認めることができる。右金額から所得税法二八条(同法別表第七の附表)所定の給与所得控除額三〇万八、四〇〇円を差引いた七〇万七、二〇〇円が給与所得の金額となる。

(二)  課税譲渡所得金額について。

本件譲渡の代金が五一五万円であることは当事者間に争いがない。原告が本件家屋および本件土地を昭和二七年一二月三一日以前から引続き所有していたことは前記1.(一)(1)認定のとおりであるから、その取得費は、右代金の五%(措置法三一条の二)の二五万七、五〇〇円である。譲渡費用の金額が二五万四、七〇〇円であることは前出乙第三号証の一により認めることができる。

従つて、右譲渡の代金額から、右取得費、譲渡費用ならびに措置法三一条二項所定の長期譲渡所得の特別控除額一〇〇万円を差引いた三六三万七、八〇〇円が課税長期譲渡所得金額となる。

(三)  所得控除金額について。

所得控除の費目および社会保険料控除ならびに生命保険料控除の金額が被告主張のとおりであることは、前出乙第一号証により認めることができるから、所得控除金額の合計は五六万六、五八四円である。

(四)  以上によれば、給与所得の金額(総所得金額)七〇万七、二〇〇円から所得控除金額五六万六、五八四円を差引いた金額一四万円(千円未満切捨)に対する税額一万三、九〇〇円(所得税法第九一条一項、別表第二)に、課税長期譲渡所得金額三六三万七、〇〇〇円(千円未満切捨)に対する税額五四万五、五五〇円(税率は措置法三一条一項により一五%)を加算し、加算後の金額から源泉徴収税額一万三、九〇〇円(前出乙第一号証によりこれを認める。)を差引いた五四万五、五〇〇円(百円未満切捨)が、原告の昭和四七年分所得税の納付すべき税額となる。

(五)  無申告加算税について。

右によれば、無申告加算税は右本税の一〇%である(国税通則法六六条)から五万四、五〇〇円(百万未満切捨)となる。

以上のとおり、本件課税処分における税額等の認定は適法である。

三、結論

以上によれば、本件課税処分は適法であり、原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 加藤廣國 裁判官 龍前三郎 裁判官 川勝隆之)

別表(本件課税処分の経緯)

〈省略〉

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